2009年2月22日日曜日

めちゃくちゃな演奏会

気分を明るくせないかん、と今朝は教会に久しぶりに行きました。韓国人の女性2人と出会いました。2人ともアメリカ人と結婚して、10年以上アメリカに住んでいるようです。アジア人をとんと見ない環境で、アジア人と知り合えるとなぜかほっとします。

昼ごはんの後、おかずを作りためました。近くの町の大学で、室内楽の演奏会があるというので雪降る中おもいきって出かけていきました。

最初の弦楽アンサンブルでは、先生が途中でホルンの学生を退場させたり、2楽章と3楽章の間で「もっときれいに弾かなあかんやん!」と観客に聞こえる声で言ってみたり、コンサートマスターがカデンツァを弾いているところで「ちゃうちゃう! もっとこないに弾くんや。」みたいなことを脇から言ってみたりして(そう見えた)、コンサートマスターがついに切れてしまいました。自ら退場したコンサートマスターに代わり、その先生がコンサートマスターを引き継ぎましたが、学生たちはみんな怒ってしまったと見えて、曲の最後の和音はひどい不協和音で終わりました。演技しているのか、本気なのか、一見分からず、観客の1人としてはひやひやしました。

確かに学生たちの演奏は、音程にしても、刻みのテンポにしても、表現力にしても、アマチュア感が否めないものではありましたが(楽器から離れて久しいわたしが偉そうに言える筋合いはないんですけど)、少なくとも今日はコンサートなのだから、ベストを尽くしてくれれば私たち観客としてもあたたかい拍手を惜しまず送るわけです。学生のコンサートだと分かって来ているわけですし。先生は完全に邪魔でした。

つづく木管・金管の各アンサンブル、バイオリンとピアノ、バイオリンとピアノとフルートなどのアンサンブルは淡々と進みました。

最後に再び弦楽アンサンブルの演奏がありました。ここではさっきの先生がコンサートマスターを務め、セカンドバイオリンとチェロのトップも別の先生が務めていました。音楽的には、最初の曲より随分よかったのですが、なんせ始めにひどい場面を目撃してしまっているので、とても複雑な心境でした。学生の勉強のためのコンサートであるはずなのに、先生たちがおいしいところを取っちゃって、意味あるんかな、とも思いました。

学生の力を信じ、褒めて伸ばす先生が多い中で、このようなひどいことをする先生の下で学んでいる学生さんたちが本当に気の毒でした。せっかくの晴れ舞台だったのに。

エモリーのコーラスを指導しているDr N のことを思い出します。指示こそ厳しかったけれど、団員に対する基本的信頼感がありました。いっぱい褒めてくれました。よし、もっとやってやるぞー!と思いながら家でも練習して、毎週のリハーサルに臨みました。あそこにはプラスのいい循環がありました。リハーサルでも、本番でも、自分で歌いながら泣きそうになるほど、こみ上げてくる感動がありました。

音楽の指導と、診察室での患者さんとのやり取りは、だいぶ質が違いますけど、わたしはDr N 型でいきたいと思います。主役はやっぱり患者さんです。そして患者さんにはハッピーでいてほしい。信頼感というと、別の先生 Dr K のよく言っていた "Every patient is doing his/her best." という言葉を思い出します。そんなことを考えながら、雪道を帰ってきました。

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