2020年5月25日月曜日

笑わない母をまるごと受け入れる

父が亡くなって、この秋でまる3年になる。父はすこぶるユーモアのある人だった。それと対照的に、母は至極真面目で、彼女からジョークやダジャレの出ることは極めて稀である。そして、電話(通常はHangoutを使用)の会話も、用件のみで、気持ちのシェアリングとか、子芋への関心もあまりない。

そんな中、子芋はopen-ended question(=「はい」や「いいえ」で答えられない質問) で会話を膨らまそうにも、母の「はい」という返答に頭の中が「?」になるわ、会話が一問一答から進展しないことにしばしばストレスを感じるわ、というのが日常である。

先週アプリ Headspaceで紹介されていた以下の一言は響いた。

There is no greater gift we can give another person than allowing them to be who they are, rather than what we might want them to be. 
(子芋訳: 人に贈ることができる最大のギフトは、人にこうあってほしい、という自分の気持ちは置いといて、その人をそのまんま受け入れることである。)

ユーモアのない、用件主導の電話が、いわば母のお好みのスタイルなんや、と思うと、気が楽。

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