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2022年2月13日日曜日

子芋の初代ブログ、消える

 Emory University留学時に書いていたブログが、消えていた。

なんせ、2007ー2008年時点の内容なので、もはや読む人には価値がないとおもうけど、自分の記録として保存しておけばよかったなー、と思う。

幸いこのブログはまだ消えてないけれども、放置していると二の舞になるかもしれないので、また書いていこうと思う。


2016年4月20日水曜日

コーラス仲間に見る、人生いろいろ

小芋が昨秋から参加しているコーラスは、20歳代から70歳くらいまでのメンバーが大体50人弱いる。歌い手は全員女性で、指揮者だけが男性だ。

大学卒業したての就職活動中の人がいるかと思えば、リタイアした人あり、
婚約したとか結婚式の準備にいそしむ人がいるかと思えば、親の介護に忙しい人あり、
初めての妊娠中の人もいれば、子どもが大学に進学して、空の巣症候群に苦しんでいる人もいる。

仕事もさまざまで、幼稚園の先生、学校の先生、バーテンダー、不動産屋、主婦、大学教授、会計士、言語療法士、看護師、などなどなど。

家が近い人と毎週交代で運転して、途中でもう一人乗っけて、計3人で通っているんだが、彼女たちの日々のニュースや気持ちを聞くことは、小芋にとってとても刺激的だ。休憩時間のわずかな間のおしゃべりも楽しい。

ある60歳くらいのメンバーは、お子さんが3人いて、うち1人が既婚、2人が未婚。で、その既婚カップルはすでに「わたしら子どもほしくない」という意思が明確だという。残る未婚の2人も子どもに興味はなさそうとのことで、「自分は多分孫を持つことはないだろうと思うとさみしいんだ。」、とある日こぼしていた。しかし、それについて子どもたちに自分の気持ちを言うことは絶対しないんだそうだ。自分の気持ち、と子どもの選択、とをきっぱり分けて、いわば利害関係のぜんぜんないコーラス仲間に気持ちを吐露するところに小芋は感心する。

みんな人生のステージも、仕事や家庭の環境もバラバラだけど、歌が好きという共通点で集まって、一つの美しいものを一緒に作っている。すごいことだ。

2016年4月8日金曜日

稲垣えみ子さんの番組

妹が、情熱大陸というテレビ番組で、稲垣えみ子さんを紹介した回がとてもよかったというので、探してみたらYouTubeで幸運にも見つかったので、早速みてみた。

いやほんと、よかった。

生活のスタイル、仕事の仕方、家族との関わり方など、いろいろと考えるタネ、ネタをもらった。

2016年1月8日金曜日

留学する人へのアドバイス

日本に住む知りあいBさんのお孫さん(大学生)が、某国に7-8ヶ月留学するそうだ。でBさんは、卒業が1年遅れることになるけど、経験を将来に活かせるならいいのでは、と賛成しているんだ、と言う。

何かアドバイスがあったら言ってやって、というので、小芋が言ったのは、当初の予定からすると、卒業が1年「遅れる」けど、長い人生からすると、「遅れ」ではなくむしろ「早道」の面もあるよ、と。ただし、今現在描いている方向に必ず進むわけではなくて、思わぬ展開や大どんでん返しもあるので、そういうもんだ、と大きく構えて、楽しんでしまうのが得策かもよ、と。一見失敗やロスがあっても、「ついてる、ついてる」と捉えると、それも糧になる。

まったく自分のことを棚に上げて、えらそーに言っている小芋である。(笑)
しかしながら言うは易し、で、至極便利な日本に住む都会っ子のお孫さんが、留学先で出会うだろう波乱万丈に思いを馳せると、ワクワクすると同時に、思わず奥歯に力が入る。

いずれにしても、母国のおじいちゃんがドンと構えて応援してくれているということは、お孫さんにとって励みになること間違いない。彼女らしくユニークで面白い留学生活とその後の人生を送ってほしいな、と思う。

ちなみに、このBさん、小芋ととまとまんに対するはなむけの言葉は次のようであった。

私は年寄りですが、若い方々にはもっと世界に羽ばたいてほしいと思っています。
失敗したらまたやり直せばいい事です。

心に力の入ることば。

2015年7月13日月曜日

ピッツバーグ暮らしの達人たちに聞く知恵

この夏、アメリカ暮らしの長い日本人の人たち何人かとゆっくりお話する機会に何度も恵まれてきた。

それぞれの方が、数々の失敗談をも笑い話にして語ってくれる。いまでこそ、重要な役職についておられたり、退職後国内外のボランティアに忙しくされていたりする方でも、本当にいろいろな苦労が過去にあったのだなぁ、と思う。

いろいろな経験や苦労をしたのは、必ずしもアメリカで生活していたから、という理由だけではないだろうし、年長者ならどこに住んでいた人であれ、それぞれの方から学ぶことは多いに違いない。

ただ、ラッキーやなぁ、と思うのは、小芋や とまとまん がたまたま日本人だったということが縁で、他の日本人の方々とお知り合いになる機会に恵まれて、まるで我々が姪っ子や甥っ子であるかのように気にかけて頂いたり、お花や野菜やお餅やおかずを分けて頂いたり、そしてなにより、いろいろな話を拝聴する機会を得ているということである。

一方的によくして頂くばかりでは申し訳ないので、とまとまんも小芋も、恩返しできることはしていきたい、と思う今日この頃だ。

2015年1月28日水曜日

先輩NPの激励 その2

先月いろいろ相談に乗ってくれたNPのAさんとBさんに、先週の勉強会で再会した。

「言った通り、Cさんに相談したかー?」と聞かれ、
「いや、それがまだで。」と小芋が答えると、
「早くやり! 明日にはやり! そのまま60歳になっても知らへんで。」と叱咤激励。

早速帰ってきて、メールの下書き。
朝起きて、仕事の前にもう一回チェックして、送信。

そうしたら、C氏から数時間足らずで返事。そしてC氏がメールをcc したD氏とE氏からも相次いでメール。

うわぉ。なんという強力なネットワーク。

ということで、この春、ちょっと今までにない試みができそうだ。お楽しみに。

2015年1月27日火曜日

先輩NPの激励

先月のこと、大学で看護学を教える教員を続けながらNPになった経緯を持つ、2人のNPに、個人的に話を聞きに行った。地元のNPの勉強会で知り合って、もっと話を聞きたいと思ったのだ。

50歳代で、NPになった人たちである。大学のポジションはすでに確立されていて、別にNPにならなくても仕事に支障があるわけではなかったのに、普段の仕事に加えて、NPになる勉強をしたという、すごい人たちだ。

ちなみに、NPのプログラムは、勤務先とは違うところで取ったそうだ。

いろいろと話を聞きつつ、自分の進路相談もした。いいアイディアをいくつかもらった。

「よく考えたらええで。けどな、考えすぎて、なんもアクションを起こさんでおったら、60になるで。」
「とにかくやりたいことは始めてみる、てのもありやで。」

「次はxxさんに相談し。」

2014年11月26日水曜日

教育者、研究者、でかつ臨床家

最近、ピッツバーグで教育者 兼 研究者、それでかつNPなどの高度実践看護師として活躍する人たち何人かと交流することができて、至極刺激を受けた。

臨床家として、組織の中で働く小芋のようなNPは、一NPとしての患者さんとの関わり、また組織という団体行動のなかでの役目は果たせるけれども、組織のなかでリーダーシップをとっていくことは、とっても難しい。私のなかでの個人的な成長こそはあっても、組織の中での発言力を増やしていくことは難しい。しょせん、コマなんである。

その点、教育者・研究者という切り口ももって活躍している専門家たちの活躍ぶりに、低迷ぎみであった次のステップへのエネルギーが、またむくむくと湧いてきた。まだこうありたい!というクリアな形はないけれど、小芋に「次の道」がいることは確実である。

とまとまん曰く、よろしい傾向だ、と。次を考えよ、ってずっと言っていたのに、やっとやる気になったか?とでも言わんばかり。とほほほ。

2014年10月15日水曜日

日本の研究者との出会い

知人Aさんの紹介で、日本から数ヶ月の予定で来られている看護学の大学教授Bさんに会う機会を得た。AさんとBさんとお食事をしながら、実に刺激的な話をたくさん聞いた。

学部生と院生の授業を担当し、自身の研究活動をし、そのうえさらに今回の来米のための時間とお金を作ってピッツバーグに飛び、いま毎日米国の研究者と中身の濃いディスカッションをなさっている様子は、話を聞くだけでもビリビリくる。

出会いに感謝。

2014年7月13日日曜日

ちきりん『未来の働き方を考えよう』

この本のサブタイトルは「人生は二回、生きられる」だが、この本を読んでいると、2回どころかもっと多様に生きられそうに思えてくる。

世界が変わる、時代が変わる、自分自身も家族も変わるなかで、いかに自分オリジナルの人生を作っていったらいいのか、ヒントを与えてくれる。

自分の働き方、生き方に楽しく悩める小芋に、とてもぴったりの本。おススメ。

2014年6月30日月曜日

来し方行く末 その6 結論



遠距離でも、同居でも、仕事しててもしてなくても、たぶん悩みは尽きない。なのでどうせなら楽しく悩んでいくのが得と思う。

それに、他の誰でもなく、とまとまんと自分は夫婦なので、自分たちに一番心地のよい方法を探っていくのみである。

2014年6月28日土曜日

バス停にダッシュする生活

日本に帰ってきて、休みが全く取れない状況で毎晩遅くまで働いている友人たちの話を聞いているうち、一昨年自分が書いていたあるブログ下書き(下記)のことを思い出した。あの頃の自分はすごく苦しかった。必死だった。 残業が慢性化したばかりか、週末にも月1回は出勤していた。日曜日、誰もいないオフィスで、1人静かに働くことが「幸せ〜」であった。

この記事を書いたものの、当時公開できなかったのは、あまりに生々しく毒々しいと感じたから。

渦中にいると、どんなにそれがしんどくても、目の前のことに必死なあまり、そこから離れることとか、違うオプションを選ぶ、ということを余計に難しく感じてしまうものだと思う。(ドメスティック・バイオレンスの状況と多分一緒。)

この記事を書いてから実際に転職するまでに何ヶ月もかかったのは、単に自分が疲れていただけでなく、考えたり行動することに多大なエネルギーが要ったからだ。

その「考えたり」の芽が出るか出ないかの頃の雰囲気が、この記事にはよく出ていると思う。

もしかしたら、世界のどこかの誰かの参考になることもあるかも、と思い、今さらであるが、公開する。

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最近ずっと朝1時間早く仕事に行っている。
でもって、終業時間のあとも、最低1時間、しばしば2時間近く居残っている。
・薬(特にピルやNuvaringなどの避妊薬)のリフィルの依頼(患者さん本人からの依頼もしくは薬局から送られてくるファックス)の対応をし、
・患者さんからの電話(質問など)に折り返し対応し、
・電子カルテ上で検査のオーダーなどやり残していた仕事をやり、
・異常検査結果について患者さんに電話もしくは手紙で連絡し、
・そういえばトイレにぜんぜん行っていなかったと気づいて、慌ててトイレに行き、
・大急ぎで荷物をまとめ、
バス停までダッシュしている。ずっとそう。

どんなに頑張っても、時間内で終われる仕事量じゃない。
朝早く、夕方遅くまでやっても、それでも、やっぱり終われない。

それを人は、「要領」の問題、私自身の「完璧主義」の問題にすり替えようとする。
「早く帰りなさい」という。

早く帰るのはいいが、残した仕事とは次の日(週)にもれなくご対面することになる。
誰かが私の代わりにやってくれるわけでは決してない。

休息が必要だし、でも後回しにしていると永遠終わらないし、かといって、こなそうとしてもやっぱり終わらないし、要はどう もがいても、あかーん。

A) 自分が変わるか、B) 状況を自分が変えるか、それとも C) その場から去るか、しか選択肢はない。

A) 自分が変わるーーには、患者さんにたいした質問もせず、患者さんの話を聞かず、ただ機械的に最低限のことをして、検査結果にもてきとーに対応する、たまる仕事にもしらんぷりとか?? 無茶やし危険。やはり自分タイプでない。

B)状況を自分が変えるーー落ち着いてPCや電話に向き合う時間の確保を再三要求してきたが、理解されず。もっと使いやすい電子カルテへの移行とかできたらいいが、見込みなし。紙カルテに戻るという選択肢ももはやなし。1週間に3つのオフィスをぐるぐる回るスケジュールにたいしても、私はなんも出来ない。

C)その場から去るーー 検討中。というか、これしか現実案はないね。いかに自分を守るか、がテーマになってきている。

2014年6月5日木曜日

年齢差別のある求人

四国新聞配信のニュースによると、6日締め切りで来春採用となる香川県看護職員の応募が低迷しているそうである。県は、優秀な人材を確保するためたくさんの人に応募してほしい、と呼びかけているとのこと。ここまではフムフム、と読んでいたが、「応募の年齢要件」ところで引っかかった。

応募できるのは1980年4月2日以降に生まれた人。ただし看護師経験者だったら55年(おそらくは1955年?)4月2日以降生まれの人も受験できるとのこと。

そうすると、30歳代半ば以降で初めて看護師になった人には、そもそも応募資格もがないことになる。残念だ。優秀な人材を確保するためには、こういう年齢制限を設けるのはもったいないと思う。

2014年6月3日火曜日

お礼行脚

現在日本に一時帰国中。

仕事が終わってから帰国するまでの間、前にも書いたようにメンターに会ったほか、今の仕事につなげてくれた何人かの恩人達に直接会って、この1年の様子を報告した。

たとえば、
求人情報を教えてくれたAさん。
職場のスタッフに私のことを個人的に推薦してくれたBさん。
すべてのことには理由がある、というのが口癖で励ましてくれる50歳年上の友達、Cさん。
など。

遠くて、メールだけになってしまった人もいたが、気持ち的には同様にお礼行脚をした。

それから、普段会えば立ち話するが、なかなかじっくり話す機会のなかったカウンセリングセンターのスタッフ何人かとも、個人的に昼ご飯を介して話をした。普段の昼休みだと落ち着かないが、休みに入ってからだと余裕である。

2014年5月22日木曜日

メンターとのご飯 その2

2月に退職したメンターと1ヶ月半ぶりくらいで会い、ご飯をともにした。

職場の近況、メンターに聞きたいと思っていた臨床的な質問の話もしたけど、それ以上にお互いの人生の進行状況についてたくさん話した。

メンターの年齢は母と同じくらいだが、年上とか若造とかそういう枠なしに、平たーくいろんなことが話しあえる関係を持てて、本当にありがたい、と思う。

2014年2月4日火曜日

少数派の女子会

ピッツバーグに住んでいてありがたく思うことのひとつは、いろいろな理由でこの地に住んでいる日本人と知り合いになれることだ。

大学や大学院で学んでいる人、研究のために来ている人、米国人と結婚して来た人、日本の企業から派遣されて来ている人、などなど、米国にいる理由はさまざま。日本人という共通項のおかげで知り合うきっかけが得られて、自分はついているなぁ、と思う。

その中で、会社から派遣されたわけでも、誰に頼まれたわけでもなく、自分の判断で米国で働いている女性というのはあんまり多くない。というか、むしろ珍しい。

そういう人たちとご飯を食べたりおしゃべりしたりする機会があると、とっても励まされる。仕事の内容はぜんぜん違っても、話を聞いていると「あー、その気持ちわかる!」という思うことのなんと多いことか。少数でも貴重な仲間だ。

2013年12月8日日曜日

よい仕事に巡り会うためのヒント

今朝はエモリーの同級生と久々に会って朝ごはんを食べた。

彼女はいろいろといいことを言っていたが、
「自分に合う仕事を見つけるためには、合わない仕事に就いたことが何よりも助けになった。」
と言っていたのが印象的だった。苦労が多かった人が言う、含蓄のある言葉である。なにも、好んで合わない仕事に就いたわけではない。でも合わなかった仕事の経験があるからこそ、今の仕事に感謝して生き生きと働けている、ということである。

2013年11月17日日曜日

64歳の友との夕べ

私が現在就いている仕事のことを最初に教えてくれたのは友人のKさんであった。私が過労のなかでもがいているとき、1−2ヶ月ごとにお茶をして、そのたびに励まし続けてくれた。そのKさんとひさびさに会い、これまでの3ヶ月の経過を報告することができた。

約1年前の自分はKさんと話しながら何度も泣いていたが、今は笑顔で近況を話すことができ、胸がいっぱいになった。

KさんはNPとしてパートタイムの仕事をしながら、新たに洋裁を習い始めたり、Food Bank でボランティアをしたり、はたまた5kmレースで年齢別カテゴリーで1位を取ったり、とても活動的である。

Kさんと私は人生の段階の異なる段階にいるけれども、それでも似たような経験をしていたり、お互いにおおお!と思うことがあって、どれだけ話しても飽きない。学ぶことも多い。

2013年10月15日火曜日

幸せとは

その名も『Happy』というタイトルの映画のことを日本にいる妹に聞いて、早速DVDで見た。インド、ブラジル、アメリカ、日本、ブータン、デンマークなどに住むいろんなひとのいろんな生き方が登場する。

私に考えるヒントをたくさん与えてくれる映画だった。頭と心が活性化した気がする。
お薦めします。日本でも上映会があるもよう。
http://www.thehappymovie.com/film/

2013年9月18日水曜日

旦那さんに悪い?

日本にいる私の某親戚は、私が結婚後に留学したり、米国で仕事をしたりしていることに関して、「旦那さんに悪いじゃない。」「旦那さんはいいって言っているの?」とよく言う。

妻は夫の許可を得て行動するものだという考えが根底にあるように伺える。

時は2013年。

妻が許しを請うでも、勝手をするでも、夫が許可を与えるでもなく、
互いが話し合えることが一番大事だと私は思う。

宇宙飛行士の向井千秋さんとその夫で病理学者の向井万起男さんの本を昔読んだことを思い出す。(なんだ?と思う方は、『君について行こうー女房は宇宙をめざした』とか、2人の訳本『4001の願い』などを見てみてください。)

この前行った友達の送別会の席で互いの仕事の話をしていたとき、友達の友達が
「いい仕事しているねぇ。私がいうのもなんか変だけど、ありがとう!と言いたいよ。」と言ってくれた。こういうことをもしも家族が言ってくれたら、どんなにか嬉しいだろう。

翻って現実はそうではない。先の某親戚は、「いつ帰ってくるの?」とは聞くが、私の「今」、たとえば生活や仕事の様子にはとんと関心がない。ゆえに、私はいつも罪深い気持ちで心が重くなる。「夫に迷惑をかけ、悪いことをしている、聞き分けのない小芋め。」というメッセージを受けとめるのは、右の耳から左の耳に流すだけでも十分ずっしりと重い。